2006-07-02
ニック ホーンビィ「ぼくのプレミア・ライフ」
読了。W杯期間中だからって訳じゃないけど、古本屋で面白そうだったので読んでみた。
熱狂的なアーセナルファンの作者の書く自伝的物語。11歳で初めてアーセナルの試合を観戦して以降、彼の生活はアーセナルとフットボールを中心に回っている。人生における全ての出来事はアーセナルの試合に関連付けられているし、アーセナルのためなら知人の結婚式だって、親友のバースディ・パーティーだって断る。20年以上もの間、全てをアーセナルに捧げ続けて得られたのは、数多くの失望とほんの一瞬の素晴らしい歓喜。それでも彼のアーセナルへの熱はなお冷めない。
こんなものを読んでいるとイングランドの、そしてヨーロッパのフットボールへの情熱とプライドみたいなものを感じてしまって、極東の島国が明日にも追いつき追い越せるなんてぞ、なんてことはそう簡単には言えなくなってしまうなぁ。
この本では1992年までしか描かれていないけど、その後イングランドリーグで「プレミアリーグ」が出来て、しばらくしてから見始めたにわかファンとしては、近年様変わりしたイングランドのフットボール事情とアーセナルについての作者のテキストも読んでみたいな。
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2006-06-29
恩田陸「ライオンハート」
読了。時を超え、時空を超えて、刹那巡り会い続ける2人のSFラブロマンス
作者のきめ細かい描写はとても映像的で、作中に印象的で美しいシーンがたくさんある。前半の「エアハート嬢の到着」では、冷たい雨に打たれながら、その現場に立ち会っているかのように感じるし、「春」の雨上がりの虹をくぐってエリザベスがやってくるシーンは、とても神秘的で美しい。
それだけに後半、物型が抽象的で分かりにくくなっていくのは残念。いまひとつ整理しきれていないように思うなぁ。
オチは特に驚くような展開ではなかったけれど、美しく描ききれていて良かった。
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2006-06-20
米澤穂信「さよなら妖精」
読了。ユーゴスラヴィアという異文化から訪れた少女マーヤと主人公を含む高校生たちの出会い、交流、そして別れという2ヵ月の物語。日常の中で、ほんの少し違った目線から投げかけられる疑問がささやかなミステリとして存在していて面白い。そんな優しく暖かな日々も終盤、彼女の故郷で起こる出来事によって風向きを変えていき、祈るような気持ちで読み進めていたけれど...。
ボーイ・ミーツ・ガールな青春物語から、突然その物語の庇護を離れて現実へと向き合わされてしまうことで、どうしようもなくやり場の無力感に苛まれ、そして、その分だけマーヤの言葉1つ1つが読後に深く残る。
つい最近、最後に残ったセルビア・モンテネグロからモンテネグロ共和国が独立を宣言し、ユーゴスラヴィアという国は完全に6つの国へと別れた。W杯のセルビア・モンテネグロ代表の試合で、アナウンサが彼の国にとって最初で最後のW杯になると言っていたのは記憶に新しいところだけど、でもきっとこの小説を読んでいなかったら聞き流していただろうな。
この時期にこの小説を読めたことはとても良かった。
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2006-06-16
森見登美彦「太陽の塔」
読了。初めてできた恋人にあっさり振られた、「休学中の五回生」である主人公が、「研究」と称して彼女を付けまわす導入から妄想が暴走して男汁があふれている。妄想がファンタジーと呼べるなら本書はまさに日本ファンタジーノベル大賞に選ばれるに相応しいのだろう。
まぁ、実際のところは仲間で鍋囲んだりして青春してたりもするものの、結局は世のカップルたちを憎んでクリスマスに騒動を画策するような素晴らしく救いがない喪男文学なのだけど。
後書きで本上まなみさんに「わたしごのみです」なんて言われても、喪男たちは毅然としてこの地球上に蠢くあらゆる人間たちに対して宿命的な憤りを感じ、できるだけ彼らが不幸になることを祈っていくことだろう。
物語の最初の何ページ目かにあったこの1節で思いっきり引き込まれた。
類は友を呼ぶというが、私の周囲に集った男たちも女性を必要としない、あるいは女性に必要とされない男たちであって、我々は男だけの妄想と思索によってさらなる高みを目指して日々精進を重ねた。あまりにも高みに登りつめすぎたために今さら下りるわけにもいかない、そもそも恐くて下りることができないと誰もが思いながらも口をつぐみ、男だけのフォークダンスを踊り狂った。
嗚呼、祭りは続くよ。
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2006-06-11
盛田隆二「サウダージ」
読了。日本人とインド人のハーフである主人公と、彼の多国籍な友人たちの日常を淡々と描いている。
登場人物たちは、みな幾つもの問題を抱えて日常の中でスタックしている。その中であえて個々のドラマについて深く描かずに、流れの中で揺れるだけの主人公の熱を失った様子を捉え続けているのがとても印象的。
さっと流して読んでしまった感じだったのに、読後に感じるなんとも落ち着かない気持ちは何だろうか。
淡いグラデーションのような、鮮烈ではないけれど形容しがたい何かを感じた物語だった。
「サウダージ」って言葉から最初に思いついたのは、J-WAVEでオンエアされている「サウージ・サウダージ」だったんだけど、巻末の後書きで作者も同じ言葉を書いているのを見て、案外自分と同じプログラムを聞きながらこの物語を書いたのかななんて思って一寸面白かったり。
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2006-05-15
ダン・ブラウン「ダ・ヴィンチ・コード」 上・中・下
読了。なんか盛り上がってるので買おうかなと思ってたところに、職場で読み終わった人がいたのですかさず貸してもらいました。
上巻のルーヴル美術館のシーン辺りでは、どうやって美術とミステリを絡めていくのかなとワクワクしながら読んでたんですが、個人的に中巻以降からいまいち盛り上がれなかったです...。
明かされる真実→ΩΩΩナンダッテー→場所移動→ループ という展開がどうにも...。
ミステリと言うよりは「マンガで読む○○入門」みたいな感じなんですよね。ラングドンとソフィーのキャラクタの掘り下げ方やドラマが希薄なのは残念。
ただ、「明かされる真実」の部分はとても刺激的で興味深かったです。中世ヨーロッパの歴史や宗教、美術についてもう少し知識があれば、さらに面白く読めたかな。ここに書かれていることがキリスト教圏で一般的にどれくらい浸透してる話なのか知りませんが、アメリカやヨーロッパの読者が受けた印象は、日本のそれとは随分違っただろうなぁ。
とりあえず、最後を無理矢理ハリウッドロマンスにするのはヤメレ(;´Д`)
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2006-05-09
谷川流「涼宮ハルヒの憂鬱」
読了。とりあえず流行りには乗っておこうってことで読んでみました。意外というか(失礼)、萌えとかとは別の意味でとても面白かった。
一般的な小説が「物語を動かすために登場人物が存在する」というスタンスを取るのに比べて、シリーズ化を前提して書き下ろされる昨今のライトノベルでは「登場人物が存在するために物語がある」っていう状況になりがちな訳です。
で、この物語の中では「涼宮ハルヒ」という物語のタイトルにもなるキャラクターを、文字通り神として存在させ、「ハルヒが存在するために世界がある」という状況を大胆にも物語の中で成立させることで、そういった物語へのアンチテーゼになっているところが、とても皮肉で面白いなと感じた。
登場するキャラクターたちはひたすら記号的で、文章も持って回った言い回しが多く、決して上手いとは言えないと思うけれども(これがデビュー作みたいだし)、この突き抜けた大胆さ一点で独特な面白さを持つ作品になっているように思う。
ただ続編となると、登場させたハルヒやみくる、長門さんなんかをどう動かすか、いかに魅力的に描くかという、それこそ定型におさまっちゃいそうなので、若干不安だなぁ。
まぁ、普通に読んでも非日常を求めながら日常を否定できないハルヒの心の動きとか、普段のエキセントリックさとたまに見せる素の女の子っぽさのギャップが心地よいと思うんだけど。ラストのポニーテールの件はとくに良かったな。続き、読んでみようかな。
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2006-03-17
大沢在昌「風化水脈-新宿鮫VIII」
読了。前作『灰夜』から2年余、やっと現在までに書かれた新宿鮫のシリーズが文庫で揃った。今までのシリーズに比べても扱われる事件は地味でアクションシーンも少ない。それでもページをめくるたびに引き込まれ、最後に全ての事柄があるべきところに納まった瞬間には物語としての完成度の高さを感じさせられた。一気に読んでしまった。
面白かった...けれども読み終わって鮫島も年をとったなぁと感じてしまう。初期の頃の鮫島と一緒に新宿を駆け回る臨場感、疾走感は薄れ、鮫島も晶も瑞々しい魅力を失ってしまったように思う。
1作目の『新宿鮫』が出版されて時間軸的に最も新しい『風化水脈』まで、劇中では3年ほどのはずだけど、実際に出版された年を見ると10年以上の年月が流れている。作者もそれだけの年を重ねて、その手から紡ぎだされるキャラクタたちもその年月を受けて変わって行かざるを得ないんだろうか。正直、シリーズのファンとしてはそれが寂しくもある。
ラストはどうにでも持っていけたところだろうけど、1番優しい結末を選んでいる。そんな作者のロマンティストなところはやっぱり好きだな。
これから「新宿鮫」のシリーズは何処へ向かっていくんだろう。
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2006-03-13
菅浩江「永遠の森 博物館惑星」
読了。先日、『五人姉妹』を読んで著者の作品に興味を持ったので買ってみた。
地球の衛星軌道上に浮かぶ、世界のありとあらゆる美術品を集めた博物館「アフロディーテ」を舞台にした連作集。そこでは学芸員たちはデータベース・コンピューターに直接接続し日夜、美の探究に勤めている。美しささえも数値化するよう最先端の科学の中でも、美とそれに携わる人間の物語はあまりにも人間臭い。それに対する主人公の在りようもとても身近で共感できるな。
『五人姉妹』でも思ったけれど、宇宙に浮かぶ博物館なんてところから物語の設定はとてもSF的なのに、描かれる光景はとても暖かく幻想的で美しいのが作者の魅力だろうか。
お気に入りは「享ける形の手」「嘘つきな人魚」そしてラストの「ラブ・ソング」だろうか。特に「ラブ・ソング」のラストはとても美しく印象に残る。
シンプルな言葉だけど、何かを見て聞いて感じて素直に「綺麗だ」と言える人間でありたいなぁ。
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2006-03-01
菅浩江「五人姉妹」
読了。短編が9篇収録。まずは物語の佇まいがとてもきれいだなと感じた。
多分にSF的な舞台装置を用いながら、設定に溺れずに暖かなぬくもりを感じる人間が描かれているのがとても印象的。どの物語もラストの余韻がとても美しいです。
収録作の中では「五人姉妹」「賎の小田巻」「箱の中の猫」が特にお気に入り。長い時間を過ごし、年を経ていく人間とその想いに面白いアプローチをしている。「箱の中の猫」は『ほしのこえ』を思いだしたな。「お代は見てのお帰り」の前作にあたる『永遠の森博物館惑星』は近いうちに読んでみようと思う。
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